Vol.069 — 【実録】AIネイティブ 日本版(新人研修版)「領収書を全部いっぺんに撮れたらいいのに」から始まった、6週間。

Vol.069 — 【実録】AIネイティブ 日本版(新人研修版)「領収書を全部いっぺんに撮れたらいいのに」から始まった、6週間。

掲載日: 2026-09-12 | ニュースレター


概要

Vol.069は、「AIネイティブ 日本版」の第5回にあたる。前回までの化粧品メーカーの全4回研修とは別の会社——社員60名ほどの企業で進めてきたAIネイティブプロジェクトの記録であり、週ごとの報告ではなく、6週間で何が起きたかを一本にまとめた長編である。主役は、入社したばかりのスタッフだ。社長が彼女に出した最初の課題は「社内の人にインタビューをして、ひとつの業務を理解して、改善してみてください」という新人研修そのもので、そこに「ついでにAIも覚えてもらう」が足された。選ばれた業務は経費精算。全員が自分でやっている業務だから、改善の効果は全社に及び、社内に顔が利かない新人でも誰もが当事者として答えてくれる。彼女の出発点は、研修前アンケートでL1——検索の代わりにたまに使う、それだけ。この6週間は、そのL1の人がL4のものを作り上げるまでの記録である。始まりは社長秘書の一言だった。毎月、大量の領収書を一枚ずつスマホで撮ってクラウドにアップロードしている方が、ふと漏らした。「領収書を全部いっぺんに撮って、それで終わりにできたらいいのに」。第1週、彼女は社内を回ってその痛みを数字にした。少ない人で30分、多い人で2時間。60名で毎月およそ2,000分。その2,000分は売上にも業務の成果にも一円も一件も貢献していない。誰も合計したことがなかったから、誰も痛いと思っていなかった。目標はここで決まる——8割以上削減し、月1,600分を会社に返す。第2週は、いま使っているクラウドの経費精算システムを分解した。分かったのは、それが「人間が操作すること」を前提に設計されているということ。人間はミスをするから、人間が人間を二重三重に確認する工程が組み込まれている。西田はこれを、工場でテレビを組み立てる流れ作業に例えた。全員が毎月その列に並んでいる。しかも作っているのは、売れるテレビではない。第3週は、領収書をまとめて撮る実験である。ここには避けて通れない条件があった。電子帳簿保存法のスキャナ保存要件、解像度200dpi以上。「いっぺんに撮る」は、要件を満たす画質で撮れなければ意味がない。10枚を一枚に、20枚を一枚に——撮ってはAIに切り分けさせ、切り分けた後の画質を確認する。結論は、普通のスマホなら10枚未満を近めに撮れば要件を満たす、というものだった。秘書の「いっぺんに」は、10枚ずつなら実現できる。第4週が、西田がいちばん好きな週だ。彼女はClaude Coworkのプロジェクトを開き、何をしたいのか、どういう順番で、いつやりたいのかをAIと話し合った。ひとしきり終わったところで、西田は一言だけ言う。「いま合意したワークフローで、スキルを作ってください、と頼んでみてください」。こうして経費精算のスキル expenseclaim.md ができ、続いて、交通費を入力するときに自分が頭の中でやっていることを説明して travel_calculation.md ができた。そして生まれて初めて作ったスキルを呼び出すために「/」と打った瞬間、彼女は鳥肌が立ったという。プログラマーになったみたいだ、とも。第5週は「で、そのデータはどこへ行くのですか」の週である。AIが読み取ってきれいなExcelにまとめても、そのExcelを誰かがまた入力するなら何も解決していない。行き先の候補は二つ、会計のクラウドソフトか、いまの経費精算システムか。ここで欲張った。二重チェックをAIが全部引き受けられるなら、そもそも経費精算システムを通す必要があるのか。会計ソフト側を調べると、一括アップロード機能があり、APIがあり、MCPまで用意されていた。ならば出力を会計ソフトの一括アップロード用に作り直して直接つなげばいい。決めた——経費精算システムは、通らない。月額の利用料もなくなる。流れ作業の工程を減らすのではなく、流れ作業そのものを止める判断だった。第6週は、社員が触る画面。裏側がどれだけ良くても、画面が難しそうに見えたら誰も使わない。既存システムの画面をお手本に、不要になった機能を一つずつ外して、とても簡単な画面にした。社員がやることは四つだけ。領収書を10枚未満ずつまとめて撮る。自分のフォルダに入れる。ログインして交通費をまとめて入力し、金額が合っているかを見る。申請する。二重チェックとエラー確認はすべてAIが行い、経理担当者に知らされるのは、AIの確信度が90%を下回った箇所だけ。人間が見るのは、機械が迷ったところだけである。彼女はこの画面を「ウェブサイト」と呼んでいる。技術的には間違っていない。正直な到達点も書かれている。全社展開はこれから。領収書と交通費を読み取って会計ソフトへ一括で流し込むところまでは、すでに実際に動いている。いま手を入れているのは経理の確認担当者が使う画面で、月2,000分がどこまで減ったかは、新しい流れで月次を何度か回してから数字で報告する——2〜3か月後に後日談として書く、とある。ただ、彼女が作ったものはすでに業務フローに組み込め、チームに配れる形になっている。それはL4の定義そのものだ。そして西田は、この6週間で改めて確信したことを書いて終える。AIネイティブプロジェクトは、私たちがお客様の代わりに何かを作るプロジェクトではない。お客様の社員の方に、小さな改善を自分で作る方法を覚えていただくプロジェクトである。業務を知っているのは、その業務をしている人だ。その人が作れる側に回れば、改善は私たちが帰った後も続く。私たちの仕事は、種を植えることだ。今回は、新人研修とAIネイティブへの一歩が、同じ6週間に収まった。入社したばかりの人が、会社の全員に関わる業務を作り替えた。始まりは、秘書の方の「いっぺんに撮れたらいいのに」だった。シンプルにAIを。 いつもの仕事を、いつもの言葉で。